11.27
〔25〕サホロでの充実生活
1991年頃
サホロのクラブメッドで働き出して数ヶ月くらいした頃だろうか?
もしかしたらもう少し早かったかもしれないが、冬だったのは確かだけど。
「俺、蛍のファンやから富良野へ行くわ」って言った友人の井川から電話があった。
彼は少しぼやき気味で、何を言っていたのかは覚えてないんだけど。
何かの切っ掛けでつい「こっちへ来ちゃえば、クラブメッド」言ってしまい。
それから少しして、本当に井川はクラブメッド来て一緒に働くことに。
井川は製パンの経験もあったのでパティスリーの隣のパンの所に配属されました。
彼が、働いて初日のお昼の事。
「エリックなんて言ったんやろ、あそこわーって言ってどっか行ってしまってん。」と。
私は「ん??あそこわー?」なんやろとなったけど。お昼なので。
あぁ、「井川、それあれや、フランス語。」「ア、スソワー」って言ってたと思うわ。
「ア、スソワー」は「a ce soir」でsoirはボンソワーとかのsoir。
「また夜な」って事やな。
ランチからディナーまでの時間はお休み。
このお昼の休憩時間がまた有意義に使える。
クラブメッドの建物を出るとそこはサホロスキー場。
と言うかスキー場にある施設。スキーし放題!!
もちろんリフトのパスも貸してもらえてホントありがたい。
そんな訳で、毎日スキー三昧。
お昼の数時間を滑りまくって、そのままディナー準備。
毎日がいろんなテーマがあって、ブッフェだったりコースだったり。
それで面白いのが、GOの人達は基本休みはシーズンオフまで無くて、シーズンオフになると長い休暇があって、それもいいなって思っていました。
朝、出勤して、お昼にスキーして、また戻ってディナーのデザート。夜は寮に帰って、なぜかみんなが集まってきてほぼ毎日飲み会!!
ほんと濃い毎日。
クラブメッドは夏シーズンと、冬シーズンがあるのだけどその1シーズンの半年弱?で1年分を感じる濃さだった気がします。
不思議と楽しい26歳頃でした。
日本はある意味ではちょっと変わった感じなのかもって思っていて、アマンリゾートもそうかもしれませんが、割と物価が安い所にそれは存在してて、ここにくるお客さんは世界中の比較的物価の高い所の人たち。
ちょっと言い方が違うかもしれないけど、その人たちが物価の安い所に普通の金額で泊まって食事して遊んで帰る。
施設側も物価も人件費も安い分充分な普通はできないようなサービスが可能になる。
私はそう感じていました。
独立してお店を出す時、いかに固定費を下げれるかという事は重要です。
材料費も固定費も全てが商品の価格に反映してします。
もし、無理をして費用(原価)が高いのに安く販売しているとほとんど利益は出ず、結果次に何も進ます事も出来ないと思う。
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